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2012.2.28

今日は母の命日。お墓参りを兼ねて所用もで、ガーデンガーデンのあと、『ぺシェ』でパンを買い、豊川のJAでは花を買って、お寺へ向かった。
小春日和の陽気の中で、お墓の掃除をして花を供え、お参りする。
住職さんが代替わりをしてから、どんどん小奇麗になっていく。手入れのされたお寺は、やっぱり気持ちがシャンとする。
帰りに井筒屋さんへ寄ったら、11時半をまわっていたけど、お支度中・・・車の気配を察して、お店を開けてくれた。
豊川へ出るのは、お墓参りくらいになってしまったけど、そんな時くらい珈琲ブレイクしなくちゃね。

午後3時にNさんが、手作りのチョコレート持参できてくれた。お味噌のお裾分けが、わらしべ長者のごとく美味しい思いをさせてもらった。
とりとめもない話で、6時半過ぎまで引き止めてしまったが、近いこともあって、いまいちばん接触の多い友人になっている。

「いのちと気」の続きを読む。この本から学ぶこと、気付かされることの何と多いことか。
何度でも読み返したいし、だれかに勧めたくなる本なので、Amazonで取り寄せることにした。


2012.2.27

沢木耕太郎さんの本を立て続けに読んだあと、しばらく“見る本”にしてたけど、昨日また“読む本”を借りてきた。

伊丹十三さんのエッセイ4冊に、目に付いた中丸薫氏の著書と、矢山利彦×天外伺朗の共著「いのちと気」の2冊。
まずは、こちらから読み始めたが、中丸薫氏と霜原酵位氏との対談で、金属汚染に触れ、ステンレスがよくないと書いてあったのにはびっくり。
数年前のアルミがアルツハイマーの要因だとの報道で、こぞってステンレスの鍋に切り替えた人が多かった中で、私もその一人だったのに、 ニッケルなどの金属が溶けたり削れたりして体内に溜まるんだという。
歯の治療に使う金属のことは理解してたが、ステンレスもチタンも鉄もよくないとかで、包丁もセラミックをすすめていた。
銅製品(内側に錫塗布)には触れてなかったが、鉄がいけないとなれば、銅も・・・かしらん。 まぁ、鍋ならシラルガンがあるので、対処できるけど、どこまで気をつけたらいいのやら。
もっと驚いたのは、天然塩のにがりも良くないという。
食事に関しては、マクロビはじめ、いろんな考え方がある中で、あまりストイックにならずとも、 粗食を心がけながらも時には口が欲しがるものをと思ってるけど、体によいと思ってた天然塩のミネラル(にがり・・・お豆腐も?)が良くないとは思ってもみなかった。
無機のミネラルであるからして、豚肉の脂と一緒に摂るいがいは固まってしまうので、 ミネラルは海草や野菜、動物食品などの有機ミネラルを摂るようにとのことだった。

歯の治療に使われる金属についての影響は、「いのちと気」でも触れられていた。
若いときから虫歯と縁が深かっただけに、金属が良くないと知って気にはなりながらも、経済的なこともあって放置したままにしている。
鈍感体質なだけに、今のところ金属による弊害の症状は表立ってないが、出来ることから改善した方が身のためかも。
まずは鍋、腰湯でデッドストック、そしてバイト代が入ったら歯医者へ行こう。


2012.2.25

次男帰省。迎えの車中で話してたら、1月末にインフルエンザに罹ってしまい、仕事を一週間休んだそうな。
その埋め合わせで休日も仕事してたので、ロンの危篤にも帰れなかったようだった。
高熱が出たので、休日診療所まで歩いていったという。薬で熱は下がっても、近くのコンビニで食料を調達・・・と聞いて、 都会のアパートで病んで一人というのは、30代半ばに達する大人ではあっても、さぞかし心細かっただろうなぁと思う。

息子との夕餉は、ヤリイカ、ほうれん草のソティと、ポテトサラダ、切干大根・人参・細り昆布の胡麻ダレ和えに豆腐のお味噌汁で、 一人ご飯より、ちょっぴり豪華。
明日のお昼は、和風キーマカレーにしようかな。


2012.2.24

今朝のツィターに、江川昭子さんの飼い猫タレさんが永眠したと書いてあった。
思いがけず突然に亡くなった・・・らしい。
タレさんは白猫、チビは我が家のチビと同じ毛色の病いを抱えた猫で、毎日気になりながらツィターを読んでいたところだった。
読んでたら、ロンを失った哀しみが蘇ってきた。きっと江川さんも胸をえぐられるような哀しみに陥ってるんだろうなぁ。


朝市のあと、石巻まで行って、最後になるかものミカンを買い、畑にも寄って、植え替え残土を置いてきた。
畑では春の雑草が芽吹き、クリスマスローズにも花芽が確認できた。
豊田の河合さんからいただいた紫色は、去年から咲いたけど、kumin さんからのは、初めての花(たぶん白だと思う)が見られるかも。嬉しいな。
クリスマスローズの株が逞しく育つまで、もう2.3年待ってから、バルコニーに持ち帰ろうと思う。

カーマとアツミでも買物をして帰宅したら、すでに12時をまわり、超腹ペコだった。
すぐにも食べられそうなパスタをってことで湯を沸かし、具は舞茸と菜の花。ニンニクもパルミジャーノも無かったけど、空きっ腹にはご馳走だった。
そういえば、最近オリーブオイルを買ってなくて、炒め物には、煎ってない胡麻油を使ってるけど、パスタはやっぱりオリーブオイルがいいなぁ。


2012.2.23

未明から何度もハナが鳴くので、気になって目が覚めてしまい、とうとう4時に起床。
ハナ以外の猫は、わけもなく鳴くことはないが、ハナの場合は、とにかく鳴く。やたら鳴きわめく。
夜中にトイレに行けば、そのあと鳴いてうろつきまわる。それも結構大きな声だから、 たとえ戸建住宅でもストレスになってしまうほど、うるさいたらありゃしない。
夢うつつの状態だと、「暖かくなったら捨ててやる!」と、叫びにも似た感情が沸き起こる。
いっそ声帯除去の手術をできないものかとネットで調べたけど、猫の場合は余りないようで、 それでも悩んでいる人が少なからずいるようだった。
拾って育てたものの、ハナの無駄鳴きはストレス以外の何者でもない。
ロンが理想の猫だった分、ハナにはほんとうに苦労させられる。 しまも、あんなに鳴き騒いでたハナが、私が起きたとたん静かになる・・・しかも、しかも布団のなかでだ。どういうこっちゃ。

夜半からの雨で6時前でも暗かったけど、バルコニー気温が12℃で、なんとまぁ暖かい朝だった。
メダカたちも、朝から水面で泳いでいる。
ストーブでリゾットを作り、出来上がるまでミルクティをすする。
植替えを終えて掃除をし、メンテナンス塗装もしたウッドデッキが、雨をはじいて気持ちがいい。
鉢の植物たちをよーく見たら、春蘭にたくさんの蕾がついていた。
カレイドスコープも、節々に新芽がでてたし、高砂百合の新芽も出ているではないの。
あと一ヵ月どころか、もう芽吹きが始まっていたんだ。

お昼近くに雨が上がり、明るくなってきた。
植替え時の残骸が玄関を埋め尽くしていて、足の踏み場もないので、片付けに専念した。
どこもかしこもきれいになって、あぁ、さっぱり!
珈琲を淹れ、籐椅子に座ってバルコニーの庭を眺め、ささやかな至福のときを味わう。
パソコンではなく、籐椅子に居座るのが、これからの季節の日課になる。


2012.2.22

昨日の作業の筋肉痛が残るものの、小春日和に誘われて、ウッドデッキのメンテ塗装を始めた。
冬の間、鉢のそこでじっとしてたメダカたちが、水もぬるんで水面に上がってきたので、ついでにメダカ鉢の掃除もした。
赤メダカ6匹に黒メダカ3匹が、気持ちよさそうに泳ぎ、餌をつっついている。
今日の作業は午前で終え、小松菜・舞茸の炒飯と、昆布だしの牡蠣のスープのお昼ご飯をいただきながら、こざっぱりしたバルコニーを眺めつ、 “北窓のコンテナの植替えは次の新月待ち、次の満月前にパセリとルッコラの種をポットに蒔いておこう”・・・と菜園計画を立てる。

午後から雲が広がりだした。
今夜から雨、明日も雨の予報で、これからは、ひと雨ごとに本格的な春が近づいてくる。
そして、あと一ヵ月もすれば、果樹や草木の芽吹きが始まる。
そうなると、毎日バルコニーに釘付けだし、畑へもで、浮き足立つ季節がやってくる!
楽しみごとの矛先が、店めぐりから様変わりしたワタシに、ふと気が付いて笑みがこぼれる。
さぁて、おいしい珈琲を淹れて、チョコレートでお茶しましょ。


2012.2.21

寒さが続いたので、葡萄の植替えは来月にと思ってたけど、やっぱり2月の新月前にってことで、家事がひと段落してから園芸店へ買い出しに行った。
木の樽は、3〜4年で金具が腐食することが分かったので、スリットのあるプラ鉢と、スリットから土がこぼれないように、 ちょうど合う大きさのガーデンバッグを探し、それに赤玉土、腐葉土、園芸炭で、合計4千円ちょっと。
帰りにトムキャットに寄って、以前からチェックしてたネコトイレも購入で、今月の生活費以外の買物枠は、これで終わり。

午後から葡萄の植え替えをしたが、3年目のナイアガラは根がしっかり張りこんで、鉢と土の間にスコップを入れても、ビクともしない。
仕方がないので、木の中心と鉢の真ん中辺りにスコップを刺して根を切って掘り出したけど、こんなこと休眠中だから出来たものの、根が動き出してたら、木が弱ってしまったと思う。
これに30分以上掛かって疲れてしまったが、もう一つの葡萄鉢は楽に抜くことが出来た。
一緒に植えてた安芸クィーンは別にして、スチューベンだけにし、今までの木の樽・・・ この樽が一番古いはずなのに、まだ使えそうなので、新しい土を入れて植え替え終えた。

時計を見たら、3時過ぎ。ここで止めとけばいいのに、ちょいと休憩したあと、デッキの下の掃除も始めてしまった。
毎度のことながら、重たい鉢を移動して、4分割でも重たいデッキを持ち上げ、枯葉やゴミを取ってから、 デッキの裏側とバルコニーを洗い流す作業はハードそのもの。
あと何年できるだろうか・・・と、老い先を心配しながら5時過ぎに終えたが、それこそヘトヘトで腰も痛くなってしまった。
ストレッチ代わりのお風呂に入って、残り湯で洗濯もし、お豆腐の味噌汁と雑穀入胚芽米の晩御飯をとった。今夜は早めに寝なくちゃと、9時過ぎに就寝。




2012.2.15

毎晩一緒に寝てたこともあって、寝入りばなと朝の布団の中で、ロンのことを想って涙してしまう。
腕枕で寝たり、枕に頭を並べて寝たり、横寝の私の体に沿わせてたり、寒くない季節は、頭の上で寝るロンに枕を占領されたりもした。
子猫のときからではないので、きっと若さを越えた頃から寒がり屋でくっつきたがり屋になったんだと。 それでも長い年月だったから、いつまでたっても喪失感から抜け出せない。
最後になってしまった日の朝に計った体重は1.7キロだった。その子猫のように軽くなってしまったロンを、ずーっと抱きしめていたかった。
可愛がっていたペットを亡くした人が、その剥製をつくった・・・という話を聞いたことがある。
皮を剥いでしまうなんてと思ったけど、今ならその気持ちを理解できる。
ネコベッドで横たわるロンを、ずーっとそのままにしておきたい衝動に駆られたもの。
でも魂はもう旅立ったのだ。
異変を感じてからの一ヶ月が、ロンにとってベストではなかったのかもしれないという思いが否めないまま、 死を受け止めなければならない辛さ・・・ロンにとっても私にとっても、長くて短い一ヶ月だった。

母のような存在だった他の猫たちは、ロンの死を、どのように感じているのだろうか。
ストーブの前が定位置のロンに、亡くなる前まで、他の猫たちの様子は変わらなかったような。
ロンが、いつまでも甘えるハナの相手をしなくなったのは、この冬の始まりだった。 もう自分のことで精一杯だったのかもしれない。
ロンが逝ってしまってから、ミミが毎晩ベッドへ来るようになった。
居間に布団を敷いてた時の流れかもしれないけど、そのミミを朝がた布団の中に入れると、そのままずーっと寝ている。
また辛くなる想い出をつくってしまってるのかもしれないなぁ。


2012.2.14

5時過ぎにチビの吐く気配。いつもこれで起こされるが、今朝は胃液の色ではなく透明。
昨夜読んでた猫の情報サイト・・・オリジナルのキャットフードを販売してるサイトで、老いた猫の様子と気をつけたいことなどを読んだ。
退職後、安いキャットフードに切り替えたことが引っ掛かっていたところだったので、 家計を圧迫しても、ちゃんとしたキャットフードにしようと考え直した。
チビが胃液を吐くのは、キャットフードの質が原因かもしれないしね。
ハナは食べてしばらくして吐くけど、毛玉は混じってないので、これは食べ過ぎと吐き癖かなぁ。
癖とはいえ、消化もしないうちに吐くんだから、なんとも勿体無い。
ミミは、クックックッという前段階がなく、いきなり固形の混じった水っぽいものを、たま〜に吐く。
そういえば、ロンはほとんど吐かなかった。

夜半から降り続く雨が、ロンを失った喪失感を後押しする。他の猫がいなかったら、とうてい立ち直れないだろうなぁ。
ストーブの上でたっぷり沸かした番茶を飲みながら、BGMを変えてみる。
今日は一日ストーブがいりそう。


2012.2.13

いよいよロンとの別れの日。
ぎりぎりまでネコベッドの中のロンと別れを惜しみ、市が指定するように、ロンが入るくらいのダンボールに入れ替えて、 朝9時過ぎに豊橋市の斎場に到着。
母が亡くなったのは豊川だったので、豊橋市の斎場は初めてだった。
動物の場合は全て合同葬で、その日のうちに、亡き人よりも早く火葬するという。そのためもあって受付などは9時半までにということだった。
担当の方の慈悲深そうな印象に、ほっとする。動物であっても、飼い主の気持ちを汲んで丁寧に対応してくださり、嬉しかった。
合同葬なので骨をいただくわけにはいかないが、マイシャをお願いした名古屋のペット霊園でも、そういえば分骨は無かった。

猫にも輪廻転生があるとしたら、ロンの魂は、いまどこへ向かっているのだろうか・・・

ロンの名を口にするたび、涙が溢れ出す。
そのまま哀しみを引きずって帰るのもと思い、『フォノン・カフェ』に寄った。
バイセン・ショコラーデという、ドライ林檎を添えた飲み物を注文したら、モーニングに焼きたての洋梨マフィンが付いてきた。
オープン間もない時間だったこともあって、空いた店内で雑誌を読み、美味しいティとマフィンを味わいながら、哀しみを溶かしていった。

家のドアを空けると、ミミが待ち構えていた。
私が出かけるのも気が付かずに、ずーっとベッドの布団の中に潜り込んで寝てたので、 「どこ行ってたのぉ〜」って感じで、まとわりついて鳴く。
つまるところ、猫はみな甘えん坊なのだ。
曇天でもって午後から雨が降り、水曜日まで続きそうな予報で、部屋の中もけっこう冷える。
年明けてからほぼ一日中、ロンのためにストーブを点けてたが、いまチビとハナはネコベッドでくっつき、ミミは私の膝を占領中。 さぁて、今日から午前は節約モードですぞ!


2012.2.12

明け方、チビの吐く気配で目が覚めた。
毎日ではないが、胃液のようなものを吐くので、飛び起きて後始末をする。
3時間くらいしか寝てないので、もっと寝ていたかったが、そのあとハナが鳴きやまず、仕方なく起きてストーブを点けた。 そのハナは、ちゃっかり私の抜け殻に潜って寝ているではないか。
布団の脇に置いたネコベッドで一夜を過ごしたロンを、ネコベッドごとストーブの前に移動すると、すぐにロンの足元が温かくなった。
まるで寝てるような表情のロンに、また涙があふれる。

昼近くに、雪柳と黄色の菊のような花を買ってきた。
バルコニーの鈴なりのクレマチスも摘み取り、ロンの周りに敷きつめる。(花瓶にさすと他の猫たちが食べてしまうので)
午後3時過ぎに来てくれた長男と、拾った頃の写真を見ながら、在りし日のロンを偲んだ。
大学生になった年の7月半ばに、ロンを保護した。
翌日連れて行った動物病院で、仔猫の誕生日をと聞かれ、長男と同じ日(6月末)にした。
となると生後2週間だが、実際は10日くらいと獣医さんが仰ってた。
夜アルバイトをしていた長男を車で迎えに行くとき(雨の日のみ)、ロンをポケットに入れて連れて行ったら、 ワイパーの動きを追いかけて、じゃれてたロンを思い出した。
17年半の間に、私たち家族にもいろんなことがあった。思えば長く密度の濃い日々を、猫たちとともに過ごしてきた。

約一ヶ月ぶりに布団をベッドに戻した。
その横に置いたチェストの上に、ロンが横たわっているベッドを乗せて並べ、 「布団の中に入れて」と、私の頭をつっつくことができなくなったロンの頭を、私が時々なぜて過ごす最後の夜。
元気だった頃のロンは、布団に入ってから延々と喉をゴロゴロ鳴らして、せっかくの眠気が飛んでしまったこと度々だったけど、 「ローンちゃん!」と、冷たくなったロンを何度も呼んでみる。
薄目を開けて横たわるロンは美しく、なぜか耳がほんのり赤く染まっていて、返事をしそうだ。
できることなら、このままずーっと傍に置いておきたくなるほどに愛しい。


2012.2.11

朝、ロンに缶詰のペーストを口に持っていくが食べる意欲なし。取り合えず動物病院の粉ミルクをお湯で溶かして、注射器で2回飲ませた。
昨夜の不眠は、このことが頭の中を駆け巡っていたのだったが、明るい所でロンの口の中を見たら白っぽかった。どうやら口内炎ではなさそう。

お昼ごろ、ロンに食べさせようとペーストを口元に持っていくが拒否。
溶かした粉ミルクを飲ませたが、3回目に吐きそうになったので、無理強いしてはいけないと思い、止めた。 もう本能的に受け付けないのかもしれない。
トイレまで行こうとするが、その手前の洗面台の前・・・してもいいように置いてる使い古したシーツの上で、おしっこをする。
水が入ったボウルの前で佇んでいる。飲みたいのに舌がでなくなってるので飲み辛いようだが、注射器で飲ませると、 また呼吸困難になりそうで、なす術もなくロンを見守る。

もう先が短いかもしれないと思い、息子が帰ってこれたらとメールを入れたが、仕事が忙しく帰れないとか。
前庭で保護したロンは、モルモットのように小さく毛も生えてない生後間もない頃だったので、息子達と育てた。私たちもだが、ロンも家族のように暮らしてきた。
だから会わせてやりたいと思っていたけど、こればっかりは致しかたがない。
ベッド代わりの座布団を日当たりのよい所に置いてたら、暑くなったのか、絨毯に移動して横たわり、深い呼吸をしている。 このままもう立てなくなるんじゃないか・・・
不安がよぎり、やたら泣けてくる。

夕方4時半を廻ると、ひんやりしだすので、早めにストーブを点けて、ロンを座布団のうえに寝かせ、注射器で水をひと口入れたとたん、苦しそうな呼吸になる。
朝から口へ入れるたび、そんな感じだが、むっくり起きたと思ったら、ひっくり返って立てなくなってしまった。 そのまま目を閉じて寝てはいるが、どうも様子がおかしい。
思い余って動物病院へ、それも祝日でもやってる所へ電話したら、予約でいっぱいだけど、症状によっては先に見てくれるというので、 5時からの診察に連れて行った。

着いたらすぐに診てくれたが、もう意識が混沌としていて危ない状態だと言う。
私もそう長くはない思ったが、点滴をすれば明日朝くらいまではというと、それをしても変わらないし、 針を刺したショックで痙攣を起こし、そのまま逝ってしまうかもとのこと。
そのまま連れて帰り、息子たちに危篤状態だということを連絡した。連絡したからといって駆けつけれるわけでもないが、 そうせずにはいられなかった。

ストーブの前でロンを抱きながら看取ることにした。意識がもうろうとしてるのか、ぐったりしてるかと思えば、突然体を起こして歩こうとするが、体はもう自由にならない。
目はもう見えないようだが(瞳孔が開いてるようだった)、体をゆっくりさすって話しかけると、時々反応して、尻尾を振ったり手を伸ばしたりするが、またぐったりする。
生まれて間もないロンを保護した頃からのことを、走馬灯のように思い出しながら、ずーっとロンに話していた。どれだけでも涙が出る。
昨夜の寝不足で、9時を廻った頃になると私の方が眠くなってきた。
寝てる間にロンが息を引き取ったのに気が付かないじゃいけないと思い、ストーブの前で毛布を敷いて横になったが、 ロンも気持ちよさそうに、いつものように寝てるような状態なので、布団に寝かせてパソコンに向かっていたら、突然ロンがむっくり起きた。

ストーブの前に連れてきたら、タオルケットにおしっこをしていた。そして、苦しそうな呼吸ともつかない何度かの痙攣のあと、ロンの体から力が抜け落ちた。
長男から電話があったちょうどその頃に息を引き取り、まだ動いていた心臓も、長男の電話の後に連絡した次男から、涙声で電話が掛かってきたときには止まっていた。
2012年2月11日21時44分 ロン永眠す 享年16歳7ヶ月

おっとりした静かな立ち振る舞いと賢さを持ち合わせたロンは、毎晩わたしの布団に潜り込んで一緒に寝るのに、息子たちが帰省すると、その部屋で寝るのだった。
二人の息子たちと話しながら、やはりロンには特別の思い入れがあって、哀しみが深く大きい。
他の猫たちのお母さんだったし、私たち家族にとっては子供みたいなもの。
拾ったのが次男が思春期の頃だったから、 難しい時期を、ロンがクッションになって家族の和をもたらしてくれた。有形無形の幸せを運んできたロンに、心から感謝している。
この先も、私たち家族の心の中で生き続けてくれるだろう。


2012.2.11

眠くて床へついたはずなのに、あれこれ考えてたら頭が冴えてしまうことがある。
昨夜もそうで、9時半に寝たものの、衰弱に歯止めがかからないロンの事を考えてたら、睡魔がどこかへ飛んでしまった。
まぁそんな時は、ガバッと起きて眠くなるまで・・・ということで、パソコンの電源を入れ、 いまだに解決できないwrodpress のテンプレートデザイン変更を試みた。
ところが、次にインストールしたテンプレートも、元のように表示されないのだ。
そこで、もうひとつのデザインをインストールしようと思ったら、登録制でもって英語版。
英語を翻訳しながら四苦八苦して登録し、いざダウンロードというところで、そのサイトから直接いwrodpress を構築・・・ もうチンプンカンプンでお手上げ。
どのテンプレートも英語版なので、なにが問題なのか分からないところへもって、技術的なことも、実は分かってないのだった。
無料で借りてるブログの画像CMがいやで、wrodpress と思ってるけど、道は遠いわぁ。

温かい飲み物をってことで、抹茶オ・レを飲んだから、よけい頭が冴えて、寝たのが3時近く。 6時半頃に猫たちの動きで目が覚めたものの、体が動かず、7時過ぎに起床。


2012.2.9

早朝から、ロンのおしっこの後始末におおわらわだった。
猫トイレの周りが、おしっこで濡れてるのに気が付いたのは、もうだいぶ前のこと。
トイレではない所にし始めたのが今週になってからで、今朝起きたら洗面所に4箇所、廊下にも1箇所してあった。
洗面所はクッションフロアだからまだしも、廊下の杉板が染みになってた。 そのうち台所の杉板や今の絨毯にもってことになるかもしれないし、いよいよオムツが必要かなぁ。
母の介護はしなかったかわりに、猫たちの介護が待っている。それは覚悟の上だけど、 ふと、これって私の未来図かいなと・・・う〜ん、息子たちに面倒はかけられないなぁ。


かれこれ17年余り使ってる羽毛の掛け布団の真ん中は、ほとんど羽毛が無くて寒々しい。
年数が経ってるのもだけど、本当は干しちゃいけないらしいけど、つい陽に当てたくなるから、真ん中が手摺でへ垂れちゃうんだろうし、 ミミも追い打ちを掛けるように、その辺りで重い体を沈めて寝るので、真ん中だけは、合わせのベッドカバーが実質の布団みたいなもの。
羽毛布団を買い換えるなんてことは毛頭出来ないので、昨晩布団の中で思いついたこと・・・
足元側の羽毛を真ん中に移動しよう!
朝、ひと段落してから、さっそく入れたいブロックと出すブロックの布を10センチくらい切って、羽毛の入れ替えをした。
大変なことは予想してたけど、スモールフェザーが舞うは舞うは。雪のように空中を漂ってるのはどうしようもないので、 2箇所の移動を終えて、4箇所の口をジグザグミシンでかがっておいた。
透かしてみたら、もう1.2箇所ほど羽毛を補っておきたいブロックがあったけど、いずれ羽毛の枕を買い換えた時、古い枕から抜き取った羽毛をを入れることにした。
スモールフェザーじゃないけど、気は心だもんね。
大仕事になってしまったけど、終えたあと家中の窓を開けて、しっかり掃除機をかけた。
羽毛布団にカバーをかけ、ブランケットで覆って籐椅子の上で日光浴。この方法ならダメージからさけられるけど、どうかするとミミが入り込んで寝てることも。


2012.2.8

2日続きの雨が上り、お天道さまが顔を出すと、がぜん体が動く。 朝風呂の残り湯で布団カバーなどを洗濯をし、掃除も済ませ、手紙を出しついでに散歩へ向かった。
最近ストレッチを始めたこともあって、足の指先や腰、肩などを意識して歩くと、ほんとうに気持ちがいい。
郵便局で、IWJの会費を振り込もうと思ったら、ATMカードを使えば手終料がいらないという。
ならば明日にしようということで、パン屋さんへ寄り道して、そのお金(財布を持たずに出た)でノアレザンとバケットを買って帰った。
途中で雪が舞ってきた。立春過ぎても、まだまだ寒さは行ったり来たり。

『蔵の中ギャラリー』の企画展DMが届いたので、写真を撮って編集してアップ。そのついでにgoogle の地図も作りなおして更新。
そこへまた『ギャラリー結』からDMがきて、これも編集してアップ。

午後からIWJやニコ動で、いろんな番組が夜まであり、パソコンに張り付いて見ている。
午後6時から、日隅一雄さんの原発書籍出版記念パーティーを。
なんともチャーミングな日隅さんの笑顔に、こちらも思わず貰い笑いで、ユーザーの信望も厚い。
スピーチの後半では、闘病でお世話になっている諸先生への感謝を述べ(立ってるのが辛そうに見えた)、 三つの伝言、そして国内だけでなく、世界情勢に対するマスメディアへの警鐘と、それを鵜呑みにしないで真実に耳を傾けることの大切さを語る。
絵本を書きたい・・・ストーリーが出来ているし、まだまだやりたいことが有り、やろうと思っているとも。そして、 「今日という日が、民主主義を充実させるシステムを採用させるための、その“静かな革命”のための、一里塚のひとつの機会となれば嬉しい」・・・ 残された時間が長くない日隅さんからのメッセージを、深く心に刻んだ。

その後の乾杯のスピーチが長い!
途中ニコ動の回線が止まってしまったので、あわててIWJ1チャンネルに移動。
その後復旧したかに見えたニコ動だけど、マイクが繋がらず、結局打ち切りに。そんなこともあるんだと、びっくり。 インタビュー中の亀松さん、残念だったろうなぁ。


2012.2.7

7時起床。すぐさま大豆を3つの鍋に移し、コンロとストーブの上で煮始めた。
1月の「カフェ創作室」にカセットコンロを置いてきてしまったので、ストーブも利用したけど、 火力が弱くて大豆の煮あがりが遅く、5時間余りもかかってしまった。
お天気がよかったら暑くて、とてもストーブは使えないから、雨で良かったなぁ。

味噌を仕込むたび、大きい寸胴鍋を買おうかと迷うものの、味噌仕込でしか出番がなさそうと思いとどまり、手持ちの鍋3個で2回に分けて仕込むことになる。
まぁそれでも、3キロの大豆を一度に潰すのは大変だから、2回に分けて、ちょうどいいのかな。
今年は、石川農園さんの大豆3キロに、いつもの玄米糀3キロ、カンフォアの塩1.25キロ。これで10キロの味噌が出来るはず。
今年は豆麹が手に入らなくて残念だったけど、美味しい味噌が出来るといいなぁ。
昨年仕込んだ味噌を、瓶から出してパックに詰め直し、冷蔵庫に保存。そして仕込んだ味噌玉を、そのまま納めた。
本来なら瓶を洗って消毒して・・・なんだけど、空気に触れていた上部だけ消毒すればいいかと・・・ 手抜きのようで、あんがい理にかなってるかもと、都合のいい解釈をする。
昨年はラップをしただけからか、上部にカビがびっしりだったので、今年は塩蓋をしなくちゃ。

ロンは相変わらず、ストーブの前で寝たきりだけど、病院の缶詰は、わりと食べるので、ホッ。
それでも朝起きたら、廊下にフンチが転がっていたので、びっくり。
その前に日は、2日続けて洗面の床におしっこがしてあった。
トイレまでの距離が持たないのか、“どこでもトイレ”になりつつあるのか・・・


2012.2.6

一昨日、白竹木材のHP担当者Sさんからメールが入った。
結局、さくらインターネットでサーバーを借りて、ドメインの移管をし終えたそうで、ファイルをアップしたけど、IEではプルダウンメニューが開かないと言う。
私の方のファイルをアップしたら開くので、原因を調べたら、ヘッダーの上に入っていた文字列が原因だった。
FTTPではなく、ソフトを使ってアップしてるからかもしれないが、なんにしても全部のファイルを訂正し、他の不具合も修正して再度更新した。
今朝、担当のSさんから正常になったとの連絡があり、これでやっとひと段落。長かったなぁ。

K医院のHPも、たたき台としての体裁が整ってきたので、週末にも一度見てもらって、次のステップに繋げていこうかな。

ロンは、相変わらず缶詰を少し口にして、あとは蜂蜜入りのヨーグルトを舐めるだけ。
お水を飲んだり、トイレへ行く以外は、ずーっと寝てるせいか、歩くのもおぼつかなくなってきた。
それでもまだ“食べる意欲”はあるので、動物病院へ行って様子を話したら、ペースト状の缶詰と高栄養の粉ミルクを出してくれた。
ペースト状の缶詰が大き目の注射器に詰めて、押し出すように食べさせるのだけど、そんなことしなくても小皿から食べてくれたので、助かった。
粉ミルクの方はヨーグルトに混ぜることにした。
いずれ食べれなくなる時がくるかもしれないけど、それまでは“食べる意欲”に応えて介護しなくてはと思っている。

いつもはシラルガンのミルクポットでお米1合を炊飯するけど、今夜は土鍋で2合炊いたら、ちょっと焦げてしまったけど美味しい!
圧力鍋で玄米を炊いても美味しくないので胚芽米へ転換したが、曲げわっぱのお櫃に入れておけば、冷めても美味しいのがいい。

明日の味噌仕込みの前準備として、石川農園さんの無農薬大豆を洗って、水に浸しておいた。
初めて作った大豆だから上手く出来なくて・・・と言って、キロ1000円を800円にしてくれた。安いのは有り難いけど、なんとも申し訳ないような値段だった。


2012.2.4

今日は立春。
まだまだ厳しい寒さだけど、窓を開けたら南風だった。やっぱり春近し・・・なのかなぁ

昨日からメジロが来るようになったというのに、葡萄の枝に刺してあるのは最後のミカンなのだ。
3日前から珈琲豆を切らしてる。
猫の毛取りのコロコロも終わってしまい、猫トイレの砂とキャットフードも買わないと足りないし、灯油だって、あと4.5日分くらいしかない。
年金支給まで10日余りあるというのに、こんなことなら味噌の仕込みを、支給日の後にすればよかったと悔やんでも始まらない。
『蔵の中ギャラリー』の報酬分を当てにしてたのに、一週間経っても送られてこないしねぇ・・・ ミカンも珈琲豆も我慢すれば、灯油代と猫分くらいはあるけど・・・ふぅ。
絨毯に付いた、掃除機でも取れない猫の毛が妙に気になり、埃で死ななくたって気持ちが悪い。
うじうじと迷っていたけど、この際カードで買える物は、さっさと買ってすっきりしようと思ってたところへ、『蔵の中』から届いた!
で、石巻の安いミカンを買って、帰りに『マイン・ブロス』で珈琲豆も仕入れ、その帰りにトムキャットへ寄って猫砂とキャットフードを、 カーマではコロコロを買ってきた。
萎びたミカンが、すごく美味しい。メジロの喜ぶ顔が・・・無理か。
珈琲も我慢しただけ美味しい。
美味しいを味わった後は、ことさら丁寧に掃除をして、コロコロで猫の毛を取りまくった。

このところ急激に痩せたロンが気になり、体重を計ったら、1.9キロ。火曜日に病院で計ったときは、2.6キロだったのに。
今週に入ってからのロンは、缶詰すらひと口食べればいい方で、そっぽを向いてしまい、蜂蜜を混ぜたヨーグルトを口にする程度だから、 みるみる痩せていき、顔つきも貧相になってきてたので急に心配になった。
いつか寿命が尽きると思ってはいても、目の前で衰弱していくロンを見てるのは、なんとも辛い。
近くの動物病院が、土曜は午後7時半までやってるというので、栄養剤の点滴(注射器で)するだけでも、少しは元気になるかと思い、 ロンを毛布に包んで連れて行った。
他の病院でも先週と今週の2回診てもらってるので、1万円は使ったかなぁ。『蔵の中』の報酬は、そのためにあったようなものだった。

帰宅してから、次男にメールを入れておいたが、次の帰省までもたないかもしれない。
ロンがトイレへ行きやすいように、今夜はキッチンを頭にして布団を敷いて寝よう。


2012.2.3

昨年からの願望だった友人達との茶話会を、やっと今日、『カフェ・アコーディアナ』で実現。
同世代のFさんと、大手術のあとリハビリに励む、私たちよりもひと回り若いSさんで、なぜかウマが合うコーディネーター時代の仲間なのだ。
Sさんとは秋にお邪魔して話をしていたし、その前にFさんとも会っていたので、今回は、そのお二人をセッティングしての茶話会だった。

Fさんのご家族・・・お義母さんを間に、義姉さん家族に対するご主人との意見の相違から、離婚も辞さずの意を決して故郷に戻っていたという。
Fさんの言う通りだったと分かったのは、その半年後。ご主人はショックと自責の念から一時期はうつ病にもなったそうで、 ご主人からの電話で帰宅してからのFさんは、お義母さんとご主人にとっての大黒柱になり、本人は富士山詣出でエネルギーを充電?
大きな楔が抜けた後のFさんと、そのご家族は、絆を深くしたようでもあった。
そうした話を、こちらから聞かない限り言わないFさんなので、今日初めて聞いた私もSさんもびっくり仰天だったが、 そんなFさんの、きっぱりとした判断力と寛容さが、私もSさんも好きだった。

二度にわたる脚の大手術を受け、今もリハビリ中のSさんの頑張りと、そんな状況でも周りをおもんばかる姿勢は、誰もそうであるように、私も心から尊敬している。
主治医に恵まれたと言うSさんだか、恵まれことも確かながら、その主治医もきっと、Sさんの頑張りに敬意を表し、医師としての士気を高められ、 あとに続く患者への大きな勇気へとなるよう、積極的に繋ぐ機会をつくったのだと思う。
それがまたSさんへの励みになり・・・の善い循環の力が働いているように思った。
Sさんから、その先生の話を聞くたび、ドキュメンタリー映画になったらいいなぁとか、主治医が回想録を書くとしたら、Sさんのことは忘れられない患者として記すだろうとも思った。
周りの人への優しさと、さりげない心くばり、物事をプラスに転じていく稀有な能力を持っているSさんに、 「これからの人生に幸あれ!」と、私もFさんも願わずにはいられなかった。

私と言えば・・・たいした試練もなく、定年退職後の貧しい暮らしを楽しんではいるが、Fさんの言う「潔さ」という表現は、ちとは褒めすぎだと思っている。
たしかに執着あるモノの多く(仕事も含む)を手放したけど、私としては、手放さなくてはならないほど、身に余るモノを持ってたという後ろめたさが否めない。
「モノたちを、もっと生かされる人の手へ」は、欲っするままに手に入れた時代を振り返ると赤面ものであり、それへの懺悔の断捨離でもあったから。
ただ、息子達との価値観の違いで、遺されたモノがゴミになることだけは避けたい・・・
そのためにも、この先老いてゆく道筋で手放していこうとも思っているし、亡き後はガレージセールをして、それなりに生かされるよう願ってやまないことを遺言にしたためてある。
それにしても、執着をなくすと言うのは難しいものだと、つくづく思う。

外が暗くなり、気が付いたら5時だった。1時半からだったから、3時間半あまりも話し込んでいた。
三人で会うのは、そうそう無いので、「半年に一度は会いたいね」を合言葉に解散。
ひとときの余韻に満たされながら家路についた。


2012.2.2

最近は7時過ぎまで布団に入ってストーブの点火時間を節約してるけど、今朝は6時起きで居間のロールスクリーンを上げたら、外は薄っすらと雪化粧していた。
すぐにも溶けてしまいそうな雪でも、嬉しくなってしまう。
薄暗いけど、さっそく雪景色を撮ってHPにアップ。

お腹が空いたので、全粒粉とライ麦粉・くるみ・干し葡萄で塩味のパンケーキを焼いた。
いつもはオーブンシートを使うけど、何の気なしに茶色のワックスシーを使ったら、パンケーキの底がくっついてしまった。 やっぱりオーブンシートでないと駄目なことを学習。
珈琲豆を切らしたので、紅茶とで朝食。
ベーキングパウダーがイーストになればパンになる・・・のだ。
オーブンを手に入れても、パンを焼くことはしないと思っていたけど、イーストの発酵が出来そうなくらいに暖かくなったらトライしてみようかな。

カスピ海ヨーグルトの種菌をいただいて以来、ずーっと作り続けていて、失敗したらやめようと思ってるのに、寒くてもちゃんと出来てしまう。
3日目頃から滑らかになるけど、作りたてのモソモソとした頃の食感が好きで、 そのヨーグルトに蜂蜜を少したらして頬張っていたら、ロンが欲しそうに見ている。
小皿に少し分けたら、なんとも美味しそうに平らげた。
蜂蜜が入ってたからかもしれないけど、最近は缶詰にも、さほど関心を示さないので、口に入るものは何でもあげよかな。


あまりの寒さに散歩を中止して、終日パソコンに向かう。
K医院のトップページとアクセスページが、あらかた形になったが、JR東海道線と名鉄が同じ駅だったと、今ごろ気が付いた。
豊橋からだとJRしかないからだけど、名鉄は幡豆まで海岸線を走って、安城へと伸びていた。


朝起きたときから腰が伸びなかったけど、ずーっと椅子に掛けてパソコンに向かってたから、緩いギックリ腰状態。 寝すぎと運動不足もだけど、仰向けに寝てたのが原因かも。
冷え込んでもきたし、そろそろパソコンの電源を落として、ストーブと仲良くしよう。
明日の朝、それも6時頃は零下3度!
部屋の中も冷蔵庫並になっちゃうかも。もうひとつ湯たんぽ、作っておこう。


2012.2.1

K医院のレイアウトを大まかにデザインして、まずはトップページのタイトルとヘッダー部分を手掛けた。 ロゴはデータをいただけば済むことだったけど、幾何学的なロゴだったから、作ったほうが早いかと思ったけど、これだけでも約3時間かかってしまった。
パソコンに座ってると足元が冷えるので、日中でもストーブが必要になるゆえ、寒い日は夜だけ取り組むことにしよう。