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母さんとか、母さんなあにとか言いながら玄関へ出てきて、父さんを運ぶのを手
伝うんだわ。
 案のじょう、みんながどやどやと集まってきた。
「あ、父さんだ。酔っぱらっているんだな」
 しゅん兄ちゃんが、ませた口をきいた。
 でも、母さんはおかまいなく、私たちにてきぱきと指示を出した。
「さ、父さんを運ぶわよ。かほとめぐみは足を一本ずつ。しゅんは頭をしっかり
持って。お姉ちゃんは母さんといっしょに、どう体を持つからね。準備はいい?
それじゃ行くよ。いち、にの、さん」
 母さんの号令がかかるとみんなは、ううんん! と歯を食いしばり、ほほをふ
くらませて丸太のように重い父さんを、ずるずる引きずるようにしながら奥の
部屋まで運ぶのだ。
 桜の咲くころにも同じようにして運んだけど、あの時より今日は、何だか少し
楽に運べたような気がした。
 ふとんの上に寝かされた父さんは、ゴオー、クー、ゴオー、クーと、大きない
びきをかいている。
 これって、父さんが酔っぱらって帰ってきた時のいつもの姿だ。そう、いつも
のね。
 でも、なんか変よ。さっき外で見かけた父さんと、ここで寝ている父さんは、
どう見てもぜんぜん違う人のようなんだもの。
 私はもう一度、外で父さんを見かけたところから、今みんなで運んだところま
での父さんを思い返してみた。
 何度思い返しても、父さんが二人いるとしか思えない。外で見かけたかっこい
い父さんは、どこへ行っちゃったの? 玄関に入ったとたん、二人目の父さんに
変身してしまったみたいじゃない。
 しばらくして私は、ある考えに、ブルッと背中が寒くなった。
 もしかしたら私んちの玄関には、魔法使いが住んでいるのかも知れない。それ
でその魔法使いったら、父さんがお酒を飲んで帰ったのを見ると、母さんが出て
くる前に(ちちんぷいぷい)って父さんを本当の酔っぱらいに変えてしまうんだ。
きっとそうだわ、ああ、どうしよう。